kotetzmusumetofafataroのブログ

こつてつむすめとファーファ太郎による映画評論対決

映画「elle」

 幼少期に父親が大量殺人で捕まり、彼女も世間に好奇の目で晒されてしまった主人公ミシェルは自宅に押入られた暴漢に犯されたり職場内で性的な晒し者にされたあげく性行為を強要される日々を送る。

 このような状況に置かれても声を上げずに飄々と耐え続けている彼女の姿は父親の罪によって落とされた無間地獄で永遠に殺され続ける死者のようであった。

 何とか地獄から抜け出そうと警察に頼らず独自に犯人を探している途中で協力的な隣人の男に恋心に近いものを抱く。しかし物語中盤で隣人の男こそがレイプ犯であることが判明するのだ。彼女は隣人に自分自身をレイプさせオーガズムに達する。彼女は性欲に溺れることを決め、地獄から抜け出すことを放棄しこのまま生きていこうとするのだ。

 自暴自棄になった彼女は長年顔を合わせなかった父親と面会することを決める。父親と向き合うということは自分自身が今まで背負ってきた父親の罪をこれからも受け入れる決意表明といったところであろう。だが父親は面会日の前日に自殺してしまう。父親から彼女に対しての謝罪と罪からの解放だと悟った彼女は男性関係を清算し地獄から抜け出した。

 

 違う。彼女は父親の罪を背負って地獄で生きていくという口実で内に秘めた巨大な性的欲求を満たそうとしているだけなのだ。彼女の母親は若い男を手篭めにして欲求を満たしているが、母親のようにただ本能のままに欲求を満たすということは恥ずべきことだと彼女は考えている。とどのつまり性行為を行うためにプライドの高い自分を納得させる理由が欲しいのだ。

 

この映画の本質の裏側を自分なりに読み取ると以上のようになったが、正直ここまで観客に解釈を委ねられる映画だと予告編を観た時は思わなかった。観る人によっては解釈がバラバラになると思うし、人を選ぶ映画だと思う。俺は選ばれなかった。 しんたそ